幸せの気づき

NO.12

 

みにくいアヒルの子!

 

2003年1月11日

今朝は、午前3時くらいまで、やっぱりビデオ見て(笑)起きていたというのに、妙に早く目覚め、それでも、いくらなんでも6時間くらい寝とかなきゃと思い、布団にこもってました。その間、昨日、ここに書いたこととかを思い、ますます、思ったことは、私は「みにくいアヒルの子」そのものなんだってことでした。自分がアヒルなんだと信じながら育った白鳥は、アヒルのような容貌にならない自分を「みにくい」と信じ込んでみじめに思ったという話ですよね。でも、自分がアヒルではなく、白鳥なんだと知った時に、光り輝くというハッピーエンド。全ての人は、同じことしてると思うんです。自分でない自分のアイデンティティーをなぜか付けられて、それが自分だと信じ込んで、成長し、大人になる。自分がアヒルじゃないんだということに気づくことの困難さ、それが現代社会に溢れてる。オールドエイジは、それに気づかず一生を終えるというのがめずらしくなかったんだと思う。白鳥の方がアヒルよりも「いい」とかってことではなく、アヒルも、白鳥もすばらしい鳥なんだということ。でも自分がどういう存在なんだってことに気づくことが、その人を美しく輝かせる。そう、人で言えば、それは、「自分ブランド」なんだと思うんです。自分だけの持つブランド。だから、私は今日から「細川さち子ブランド」になることに決めました! この今の容姿、容貌が「細川さち子ブランド」の目印だということを受け入れ、その中にある美しさを受取ろうと。

自分の容姿の美を受取る、これほど難しいことはなかったです。子供の頃から、長女の姉のような人が美しい人と、なぜか思いこまされてきましたしね。その彼女とまったく似ていない自分を美しくないと思ってきました。でもそれは、「姉ブランド」に自分もならなきゃいけないと思った私が、なれなくて、みじめだったってことだったんですよね。私は「姉ブランド」ではなく「さちこブランド」なんだってこと、それに気づき受け入れた時に、うれしいエネルギーが湧いて、光り輝ける、そう思ったんです。内面の美というのを受け入れるのはすごく楽なんですが、外見となった日に、なんでこんな七転八倒してるのかしらと思うのですが、子供の頃の信じ込みのすごさだなと今朝つくずく気づきました。男子にもてまくってる姉こそはきれいな人で、その取り巻きの男子からも「おまえんちは、下へ行くとひどくなるな」なんて言う言葉までもらい、ますます、自分がきれいじゃないし、できないしを擦り込まれてきました。その上、すぐ上の姉からは、私が生まれたことによって、彼女の栄光の座を取った消してしまいたい存在ととられていたようなので、私の存在を否定され続けましたから、私は見る目がない、何をやってもだめな人という擦り込みはすごかったです。そんな中で、自分をよい存在だ、美しい存在だなんてこと思えるようになるわけはなかったんですよね。「さちこブランド」は土の中深くにうずまり葬られてしまったわけです。そういう私が、それを今、堀起こそうとしているわけですが、そうそう簡単には行きません。でも、今朝の新たな「みにくいアヒルの子」の気づきで、後押ししてもらえたような気がします。私のこれからのワークは、毎日のように、この「さちこブランド」への目覚めをし、思い出させるという、ジミチーな作業に終始することのようです。みなさんも一緒にいかがでしょうか? 「自分ブランド」への目覚めしてみませんか? 自分の容姿ひとつずつが、内面全てが、全部自分ブランドの企画通りなんだって、私はみにくいアヒルの子だったんだって、毎日のように、自分に言ってあげませんか?

 

 

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